「桃源郷」とはこのことか。(新聞掲載)

私は、息をのんだ。

阿南市内原町から橘町への峠にある橘トンネルの手前に阿南第二中学は建っている。グラウンドの東端から、色とりどりの花桃が見える。深紅、桃色、純白の花桃が春を謳歌するかのようだ。花桃は花弁が複雑で妖艶ささえ感じられる。ため息で言葉を失うほどだ。

花桃は1辺が約20メートルの直角三角形の土地に見事に植えられている。その樹の根元で老女が、枯れ枝を集めては手入れをしていた。「御精が出ますね。みごとな花桃ですね」と声をかけた。

ご近所に住むMさん。亡くなったご主人が生前に自費で植えたそうだ。それまでは三角形の土地が粗大ごみの捨て場だったそうだ。古タイヤやテレビなど、橘トンネルの手前の峠脇なら、隠れて捨てやすい。「それを何とか改善したい」。当時橘の造船所で働いていた、今は亡きご主人は、立て看板や言論ではなく花桃に目を付けた。

15年の歳月が流れた。ゴミ捨て場は桃源郷に生まれ変わり、阿南市からは管理を委託され、隠れた名所として多くの人を惹きつけるまでになった。缶詰工場で働いていた老女も年齢90歳ほどになり、毎年満開の春を生き甲斐にしている。

花桃が亡きご主人の優しさを物語るように咲いている。

徳島新聞に掲載 2022.04.25


栗本、敬浩。

徳島県阿南市でコピーライター&キャスターとして活動する栗本敬浩のサイト。

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